ホーム お知らせ 非研究開発型企業が若手研究者と始める 自社の価値創造 −株式会社池田理化「池田理化ブリッジフェローシップ制度」の挑戦−

非研究開発型企業が若手研究者と始める 自社の価値創造 −株式会社池田理化「池田理化ブリッジフェローシップ制度」の挑戦−

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生命の設計図であるDNAは4つの塩基A、T、G、Cが連なって情報をもった配列を作っている。DNA鎖は鎖間のAとT、GとCという決まったペアで相補対を作り二本鎖を形成する性質を持ち、これをハイブリダイゼーションと呼び、生物学的にも研究開発的にも重要な意味を持つ。企業のDNAと若手研究者のDNAでのハイブリダイゼーションが起こった時、そこにはお互いの価値の発見と新たな取り組みタネが生まれているはずだ。本コーナーでは、異分野の若手研究者との組み方を模索する企業へのインタビューを通して、これからの時代の連携の形を紹介していく。

 

研究者とともに歩む理化学機器商社の想い

株式会社池田理化(以下、池田理化)は、創業90周年を迎えた国内有数の理化学機器の商社だ。大学や企業、国の研究機関をクライアントに、最新の技術情報をもとにした最適な研究環境の提供を専門とする。特に1980年代よりライフサイエンス分野に注力し、「バイオの池田理化」として研究者からの厚い信頼を得ている。

日々、研究者のもとに通い、一番近い場所で実験の困りごとを聞きながら、適切な商品を提案し研究をサポートする代理店としての活動を90年間、愚直に続けてきた。しかし、研究をめぐる環境は大きく変わり、eコマースで研究機器を購入することも可能になってきている。こうした社会の変化を捉え、100周年に向けたこれからの10年で、既存の事業の枠組みだけにとらわれない研究業界に貢献できる事業を生み出そうと動き出している。その一つとして現在進行形で進んでいる取り組みが、今回紹介する若手研究者の研究キャリアを広げる支援と自社の価値向上をあわせたブリッジフェローシップ制度だ。

参考:株式会社池田理化 90周年特設ページ

このアイデアは、同社の高橋秀雄代表取締役が持ち続けてきた、若手研究者の研究環境に対する危機感が発端となっている。高橋氏いわく「研究の大家と呼ばれるような先生方が、口をそろえておっしゃることがある。それは『自分が若いときは、今と比べて非常に研究がやりやすかったが、今は違う。これからの研究者は大変だろう…』。私はこれを何度も聞いて、強い危機感を覚えています。知の担い手たる若手の研究者が、生き生きと研究できない世の中は、問題だと思います」(2021年3月5日超異分野学会本大会セッション「研究者のポテンシャルを活かす人材流動モデルとは」より)。

科学技術の発展を支援する事業を通して社会に貢献することを理念としている同社にとって、若手の研究者の研究環境改善は、社をあげての願いに通じる。

第10回超異分野学会本大会(2021年3月5-6日(金、土))
セッション「研究者のポテンシャルを活かす人材流動モデルとは」より(セッションパートナー:株式会社池田理化)
本セッションでは、博士人材が企業の求める人材像にあわせるのではなく、研究のバックグランドを活かして企業と連携できる活動を通して、研究者と企業がお互いの理解を深めていけるモデルを新たに作り上げていくことで、研究者が産業界とアカデミアの双方にわたって活躍していく可能性について議論した。

 

 

研究助成から研究を取り巻く環境のアップデートへ

池田理化は、2014年から再生医療に関連する分野の40歳以下の研究者に対して最大50万円の研究費を助成する、リバネス研究費池田理化再生医療研究奨励賞の公募を毎年行っている。別テーマで1回実施したものもあわせて合計9回というのは、通算53回実施(2021年6月現在)しているリバネス研究費の中で最多だ。このように既に若手研究者に対する支援をしている中、高橋氏らは上述した課題感から研究費以外の研究をとりまく環境を変えていくことに目を向けた。

参考:第52回リバネス研究費 池田理化再生医療研究奨励賞

若手研究者がアカデミアの研究以外でも自分の経験を生かして活躍できることを経験する機会を池田理化でも作れないか、という話の中から生まれたのがブリッジフェローシップ制度の構想だ。ブリッジという言葉には、若手研究者がアカデミアと産業界や教育界をつなげる人材になる、将来産業界で活躍する橋渡しをするといった様々な意味が込められている。結果として彼らが自分にとっての研究の価値について認識することにつながり、研究に対するモチベーションの向上、ひいてはアカデミアの研究現場が活性化することにつながっていくのではないかという思いがある。

さらに、「ブリッジフェローという肩書きがあることで、CVに外部専門家として民間で活動した実績を残すことができる。そのままアカデミアに残る場合でも、企業で就職する場合でもこのことは彼らにとってプラスに働くはず」という高橋氏の思いも込められている。

 

互いを深める関係性

この制度の大きなポイントは、自社のプロジェクトを推進する外部専門家として若手研究者が関われるようにしたことにある。このことで彼らに対価を支払うこともできるため、若手にとっては研究以外の自分の活動をする資金的な余裕が得られるという点でもインセンティブが生まれる。あえて一緒にプロジェクトを推進することで、池田理化にとっては研究者の視点を自社のプロジェクトの価値向上や、研究テーマからではわからない若手研究者の能力や考え方を深く知ることができるといった効果が期待できる。

一方、若手にとっても企業やアカデミア以外の世界で自分の能力をどう活かすことができるのか、そのためにどのようなコミュニケーションが求められるのかを理解する機会になる。よくある大学生・大学院生向けのインターンシップでは、企業が教える側、学生が教わる側、もしくは企業側でテーマを設定して学生の選抜に利用するなど、あくまで実施企業が上位の関係性だが、ブリッジフェローシップ制度にはお互いが教える側であり教わる側でもあるという関係性がある

ブリッジフェローの仕組み

 

はじめの一歩は中高生の研究活動支援

第一弾のプロジェクトには、池田理化が2021年度に実施する中高生対象の研究活動支援が選ばれた。中高生に対して研究助成を出して、やりたい研究を進めてもらう取り組みの中で、フェローに選ばれた若手研究者は大学で自身の研究を進める傍ら、中高生の研究活動を自身の研究経験を活かしてサポートする中高生の研究コーチとして、次世代の研究者を育てる役割を担う。池田理化としては中高生に対して研究試薬や機器の貸与といった貢献ができる可能性があり、お互いの知恵を出しながら進められるプロジェクトだ。

さらに、フェローによる池田理化の社員を対象にした最新の研究に関する勉強会など、中高生の研究支援以外の活動も行われる予定だ。ブリッジには様々な意味があると書いたが、池田理化のブリッジフェローには中高生を研究の世界に橋渡しするという意味もある。すでにフェロー候補者との面談が進んでおり、アグレッシブな質問が候補者から寄せられているそうだ。中高生の研究活動支援に対する前のめりな姿勢に、高橋氏やこのプロジェクトの責任者を務める戦略営業部の真野桂介氏らは手応えを感じはじめている。

 

自社にあった博士人材の活躍像が見えてくる

企業がアカデミアの人材と連携する手段は共同研究や受託研究がメインだが、若手研究者と互いにフラットに近い関係性で議論しながらプロジェクトを進めていくことができるブリッジフェローシップ制度は、新しい企業とアカデミアの連携の形になりえるのではないだろうか。

特に、従来は採用しなければ若手研究者が持つポテンシャルを知ることが難しかったのに対して、この制度は採用という固定された関係性を抜きに、内面に隠された若手の本質を企業が知る機会を提供してくれる。さらに、池田理化のように研究開発型ではない企業でも若手研究者の知恵を借りながら新しい取り組みを始めることもできる

研究活動とは0から1を生み出す活動である。0から1を生み出す取り組みが多くの企業で始まっている今、仮説検証や課題解決に情熱を持ち、日々課題をブレイクダウンし、解決法を組み立て、新しいことを発見しようと本気で取り組んでいる若手研究者を仲間にできるこの仕組みは、どの企業に対しても自分達が進む新しいベクトルを示してくれるはずだ。(文・立花智子)

(冊子『人材応援』VOL.17 P26-28より転載・一部改変)